About Me

​story

私について。​​

ネズミのおもちゃで遊ぶ子猫
遊ぶ3匹の猫

My  Story

少々、淡々とですが、仕事についての今までを振り返ってみました。

私が仕事をする上で転機が訪れたのは30代になったぐらいの頃でした。

当時はホテル勤務でした。

その頃、英国式リフレクソロジー名古屋初上陸というキャッチフレーズに惹かれ、説明会に出席したのがはじまりでした。

当時の日本リフレクソロジー協会の理事長のオーラに引きつけられ、はじめて足裏を押したときに小宇宙と繋がる感覚に魅了され、1999年7月にRAJA日本リフレクソロジー協会でリフレクソロジーを取得しました。

正直、なんとなく説明会に出席して、なんとなく申込みをしてでしたが、はじめてリフレクソロジーを通じて施術するということを知って、押したときの一体感に引きつけられました。

​それが私の道になりました。

リフレクソロジーのスクールを卒業後、直営サロンへの就職という道が希望者には開かれていましたが、その道は選びませんでした。

その頃はホテルの仕事から離れる決意がありませんでした。

半年ほどして、ようやく決意ができ出張専門のボディケアーのお仕事に就きました。

押す。押す。の繰り返しは、静かな時を自分のなかに感じる無の局地感がありました。

おじさん大先輩達に囲まれて、いろいろと勉強になることも多かったです。

ボディケアーは指を反らせ、リフレクソロジーは真逆に指を曲げる動きで、半年ほどは手指が真っ赤っかでした。

保冷剤で手を冷やし、痛みをごまかしながらの日々でした。

少しずつ、指が育つという課程がこの頃だったかなとも思います。

休みの日は夕方まで起き上がれませんでした。

ベッドと手ぬぐいをバックのように抱えて、文字通り、走り回る日々。

朝日を見ながら仕事を終えるということも多く、だいぶ調子に乗っていた時期でもありました。

当時は私も若かった。

今ではちょっとできない仕事のやり方でした。

当時はまだまだ男性社会でした。

私は紅一点でして、振り返るとそれなりにいろんな事があったような気もしますが、あまり気にならなかった気がします。

調子に乗ってた頃、RAJAの卒業生が新岐阜でリフレクソロジーサロンをはじめることになり、会社には無理を言って、便乗して私も少し、手伝うことにしました。週に2回ほどでしたが、首にスカーフ巻いてシュールな感じでのお仕事でした。

ふだんはおっさん化した仕事ぶりだったので、妙に女子っぽい世界に緊張していました。その頃はお仕事はトルプルでホテルの仕事と出張専門のボディケアーの仕事とリフレクソロジーサロンでしたので、ほぼ仕事しているか寝ているかどちらかで、忙しい日々を過ごしました。だいぶ、おっさん化しておりました。

それもあって、休みの日にはマッサージ通いが日課でした。

受けるのも勉強のひとつ。

おじさん達にそう言われてそうしていましたが、それが私の主の勉強の仕方でした。受けに行くと翌日には自分の手がかわっていく。その変化がなくなるまで受けまくっていました。

たまにはオイル系も受けてみようかなって軽い気持ちで予約したのがひとりサロンのロミロミサロン。ちょっとロッジ的なステキな場所でした。

そこで出会ったのがプラナロムの香りでした。心のずっと奥にすとんと響きました。

すぐに仕事にしたいと思いました。

そのサロンの一押しだったナード・ジャパンで勉強をすることにしました。ナードは2001年7月と20年後の2021年5月と2回受講しました。復習もかねて別のスクールで受講しました。同じスクールで手技も教えていただきました。

精油のスターターキットみたいなのがあって、それを使っている内に中学の頃から半年周期の生理が毎月来るようになりました。そういう側面もあるんだなって思いはしたけれど、当時も今も目指しているのも惹かれているのも違うところにありました。

当時の社長がアロマの仕事場所を提供してくれました。

上にプロペラが回っている私にはもったいないぐらいなステキな場所でアロマ仕事をはじめたのが最初の一歩でした。

その少し前にIPAフィトセラピー養成講座というものでハーブの勉強をしました。

当時は月一ぐらいでオフ会をやっておりました。サロンにお客様集めてご飯会していただけなのですが、自己紹介からはじまって皆様、すぐに意気投合。みんなが楽しそうにしているのを見ているだけで楽しくなる、ステキな時間でした。

数年後、その社長から離れて小さなアパートの一室にこもってお仕事をしました。

友達の誘いもあって一時は揖斐川町の温泉でリフレクソロジーのお手伝いもしていました。新しいスタッフが入ってくるときは研修をしたりもしました。

同時進行でビジネスホテルで白衣着て仕事をしたりと一時的でしたが、ここでもトリプル仕事でした。

何度か、ご要望があれば母親学級のアロマ講座をこの頃はしており、お客様に頼まれてグループホームに何度かお邪魔して職員さん達と利用者さんの足のトリートメントを行ったりもしておりました。

友達と香り会館というところでフェスタのようなものにお手伝いにいったり、フットワーク軽く動いていた頃でした。

その後、結婚したり離婚したりを繰り返し、加えて一度、この仕事から離れて2年ほど事務仕事をしたりもしました。そんな頃、ご縁が繋がり、今の aroma healing pumehana という屋号でお仕事をさせていただいくという運びになりました。

その頃、お客様とレイキの話になり、伝授に興味を持ちはじめました。2019年4月に現代レイキをレベル3までを伝授いただきました。レイキは自分の手のなかにあるものを知るひとつのツールへと変化しているような気がしています。

そして、今。

癒やしとは、気付き。

その瞬間の連続が手のなかに宿る。

焦らず、ゆっくりと向き合っていきたいと思います。

2021.12.28

​yumiyumi

白い柱